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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)4011号 判決

原告 駒崎甚一郎

右代理人弁護士 松井清吉

被告 小林三郎

右代理人弁護士 尾崎陞

右復代理人 田中英輝

主文

被告は原告に対し、東京都北区中十条二丁目五番地の七所在家屋番号同町一一七番木造瓦葺平家建住宅一棟建坪三十坪三合七勺の内別紙図面の赤線内の箇所二十五坪三合六勺を明渡せ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

原告主張の日原告と被告との間に原告主張の本件建物の部分につき賃料一箇月金三十五円(但し現在賃料一箇月二千百八十円である)の定めで賃貸借契約の成立したこと、被告が右建物部分(以下本件建物と略称す)を現に占有していること、被告が原告主張の日に原告主張のような本件賃貸借の解約申入を受けたことは当事者間に争いがない。

よつて右解約の申入に正当事由ありや否やの点を検討する。成立に争いのない甲第二、第三、第四、第六、第十八号証、本件建物の写真であることに当事者間に争いのない甲第九号証の一乃至三に証人徳田必、同木植恒夫、同駒崎喜久の各証言、原告本人尋問の結果を綜合すると次の事実が認められる。すなわち、

本件建物は約五十年前原告の祖父が農家用建物を移転改築したもので現在では相当腐朽しているし、また国電下十条駅や国電十条駅に近くいわゆる十条中央商店街に面し、大正十二年の震災後急激に発展した場所にあること、原告は昭和八年頃より本件建物を取毀し、そこに店舗類を建築し時代に相応する合理的土地利用計画を建てて本件建物と同一敷地内の貸家などを取毀したりしたが、日支事変に会い資材不足の関係から一時右計画を中止し、昭和十四年三月二十七日本件建物を訴外谷津義平に賃料一箇月三十五円期限は事実上事変が終結し、家屋の建築が自由となるまで但し公正証書上の形式では、満五年と定めて賃貸し同訴外人がここを退去後は、訴外関保吉に対し前と同一条件を以て賃貸し、同訴外人が疎開して一時空家となつたところ、昭和二十年四月一日、被告に対し訴外徳田必の保証を得て賃料も前同様一箇月三十五円、戦争終了し建築が容易となつたときは何時でも明渡すとの約定の下に、期限の定めなく賃貸したこと、終戦後同街路が一層にぎやかとなり、本件建物の存在は街並と調和せず、附近店舗組合よりも本件建物取壊し店舗四軒を建築する希望で敷地の賃借方の申入れもあつたこと。戦後漸く家屋建築も容易となつて来たので、原告は前記のような土地の合理的利用から本件建物の明渡方を要求したし、特に昭和三十年十月頃から前記保証人徳田等を介し、しばしば明渡方の交渉をしたが、被告は明渡料として金二百万円を要求したり、或は同一宅地の裏側へ本件建物を移築し、ここに居住せられたいとの原告方の提案も拒絶したこと、原告は埼玉県蕨町役場に勤務し年収四十二万円の外他の所有地からの地代収入等一箇年十数万円の所得があるが、停年に近く長男も妻を迎え、長女も嫁に行く年頃で、本件建物よりの前記額の家賃を集計しても生活はそれ程楽でないこと。原告は本件建物を取毀しその跡に十二間四方の建物を造り一階は食品市場にし二階をアパートに当て原告方でも一部を使用せんとし、その資金の点も具体的に定められてあること、以上の事実が認められる。右認定に反する被告本人尋問の結果は信用し難く、他に認定を覆えすに足る証拠はない。

一方被告側の事情としては、被告本人尋問の結果によると被告はもと向島区西一丁目方面に居住し日立製作所に勤務していたが、訴外徳田の勧めで空襲を逃がれる目的で本件建物に移転し現在他所で惣菜屋の店を営んでいるが、その営業思わしくなく、本件建物内で幼稚園の幼児服製作業を営むべく計画中であること、被告方は被告夫婦の外子供三人他に甥の家族三名がこの家に同居し同人より米代名義で一箇月五千円を受けていること、本件建物の明渡を拒むのは多年居住し、この附近が生活上便宜であり、現在のところ資力がないので他に転居できないことの各事実を認めることができる。

思うに、終戦直後の住宅事情とはかなりに相違してきた今日の住生活から考えてみると、賃借人が、単に転居資金がないという一事を以て、賃貸人の解約申入を拒否する事由と認めるのは困難であり、被告が本件明渡を拒否する理由は結局において右の一点に帰着し、他に首肯するに足る格別の理由の主張立証もないのである。他面賃貸人である原告においては、本件建物を取毀しその利用方法を実現しないと、自己並に家族の生活の危期を来すといつたような事情は認められないが、前記認定の様に本件建物の存在が街の発展を阻害するような状況であるし、原告としてもこれを合理的に使用し利潤を得ようとする気持も無理ならぬものといえよう。しかも被告は本件建物賃借に際し、これが終戦後取毀さるべきことを一応納得したのであるし、また本件明渡交渉に当り前記のように誠意を示したあとを発見するに苦しむ事情もある。以上の事情を検討してみると原告の本件解約申入には正当事由のあるものと認めるのが相当である。

よつて原告の本件明渡請求は理由があるので認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のように判決をする。原告は仮執行の宣言を求めているが、相当ならずと認めこの宣言をしない。

(裁判官 柳川真佐夫)

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